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気仙沼の復興についての記事

『中小企業振興』新聞2015年5月1日(金)発行から引用
独立行政法人中小企業基盤整備機構
 
【復興へさらなる前進】■東日本大震災から4年(最終回・鼎談)
出席者・菅原昭彦氏(気仙沼商工会議所会頭)
    ・守屋高弘氏(中小機構東北本部長)
    ・渡辺進也氏(中小機構震災復興支援アドバイザー)
「気仙沼、本復旧の入り口段階に」
「商工会議所と中小機構の連携が奏功」
「小規模事業者支援の見本に」
[前文]
 国内屈指の魚のまち、宮城県気仙沼市。東日本大震災の津波により、漁業や水産加工、製氷業などの産業が壊滅的な打撃を受けた。復興に当たっては、中小機構と地元の支援機関、とくに気仙沼商工会議所との連携が効果的な支援を行う好例となった。震災から4年を経たのを機に、気仙沼商工会議所の菅原昭彦会頭、中小機構の守屋高弘東北本部長、渡辺進也震災復興支援アドバイザーの3者に、これまでの復興の歩みや、今後の気仙沼のまちづくりの方向性などについて語ってもらった。
[本文]
「8割の事業者が被災」
〈菅原〉 まず気仙沼市の被災状況から説明しますと、漁船を含め、冷凍冷蔵庫、水産加工場、製氷工場など、水産関連の生産設備の被災が多く、当商工会議所会員の約8割が何らかの被災をしました。七十七銀行が産業連関表で試算したところ、被災直後の5月の市のGDP(域内総生産)は、震災前の 半分程度まで落ち込んだということです。もちろん、産業だけでなく住宅も被災し、4年経ったいまでも、市民の8人に1人に当たる9000が仮設住宅住まいです。私も市の復興計画づくりに震災の年の6月から参画していますが、最優先すべきは住まいの再建と早急な産業の復旧・復興であると考え、それに沿って4年間やってきたところです。
 現在はどうかというと、中小機構が建設した仮設商店、仮設工場で営業を再開したものの、本格的に事業を行う本設への移行はできていない事業者も多く、仮復旧と本復旧の入り口の段階だと思っています。漁業の水揚げは昨年1年間で震災前に比べ75%程度まで回復していますが、今後100%までいくのは非常に難しいと思います。市役所から毎月発表される工業用水や産業用電力の使用量が震災前の6割程度となっていることから、設備の稼働は平均して6割程度まで回復していると推察されます。
 まだ復旧していない産業を早く復旧していくことがわれわれの使命ですが、水産関係は2つの大きな課題を抱えています。1つは販路の喪失で、事業者は震災後の長い休業の間に取引先がなくなってしまい、それを復活させるのは容易ではありません。
 
〈守屋〉 もう1つの課題は何ですか。
 
〈菅原〉 人手不足です。作れるようになったが販路が見つからないという話がある一方で、販路はあるが、人手がなくて作れないという話もあります。これは深刻で、気仙沼の有効求人倍率は平均2倍超、水産加工では3倍を超えますやっと生産再開のめどがついても、人手が足りずに作れないという事態が起きています。建設業も2.2倍です。逆に、事務職は0.4倍〜0.5倍です。製造業に携わっている人も、Uターンで帰ってきた人たちも多くが事務職を好むのですが、求人はどちらかというと労働集約的職種が多いというミスマッチが起きています。
 また、商業関係では、仮設施設で事業をしている人が、全員、本設で事業を再開しているかというと、本設で施設や設備を復旧するためには借金をして再投資しなければならないことも多いですから、高齢の経営者の場合、これから借金をして何十年もかけて返済していくことは難しいのが現状です。実際、仮設の「気仙沼復興商店街 南町紫市場」の場合、40店舗以上が本設に移転する計画だったのが、ふたを開けてみたら30店舗以下でした。また、ある仮設商店街では10カ所の仮設店舗を5年間の期限で設けましたが、3年経って入居者とミーティングしたら、「5年以上いさせてほしい」というのが皆さんの意見でした。「仮設施設は早期の事業再開のため、応急措置として5年という期間を設けた。皆さんは本設で再開する気持ちはありますか」とお聞きしたのですが、「私は仮設で事業を終わりたい」という声も出ました。20代、30代の人なら本設で再開を望むのでしょうが、50代、60代となると悩まれるのでしょうね。とくに仮設の事業をしている人は個人事業者が多いので、後継者がいない人もいます。
 ただ、製造業はこの機会に地元に戻って後を継ぐという事例も出ており、まだ活力があります。それでも、製造業も今の環境変化を考えて、省力化、高度化をし、人手が足りないなら機械化する、商品が売れないならより高付加価値の商品を作るといったことをしなければ生き残れないと思います。現時点では復興関連の建設業などの人たちが入ってきてお金を使っていますので、何とか地域経済は成り立っていますが、その間に水産業をはじめとする産業を、きちんと復興させることが大きなテーマです。
 
「全市町村を訪問」
〈守屋〉 中小機構の復興支援では、大きな柱が仮設施設の整備と震災復興支援アドバイザーの派遣です。当初はこの制度を知っていただくことと、被災地で実際にどんなニーズがあるかを探るため、太平洋沿岸の被災地域は全部の市町村を中小機構の職員が手分けして回りました。
一つの大きな事業である仮設施設の整備については、中小企業庁や中小機構本部が震災直後の4月初めごろから被災地の方々と話をしながら進めたのですが、当時は行方不明者の捜索も続き、避難所暮らしの方々も多い中で、事業再開の話をすることは被災者の気持ちを逆なでするのではないかと私は心配していました。しかし、実際に被災地に入り、被災した事業者の方々と話をすると、仮設施設事業に強い関心を持っていただき、むしろ「もっと早く進めてほしい」という声をいただき、早めに話し合いを進めてよかったと思います。結果的に、中小機構は被災地で600カ所以上の仮設施設を整備しましたが、そのうち1割以上の65の事業が気仙沼市でした。「仮設がなければ事業をやめていた」という声も数多く聞いており、お役に立ててよかったと思っています。ただ、会頭のお話にも出てきたように、今後、本設に行く決断がなかなかつかない方も多くいらっしゃるようです。この点は今後どうなるかと私も心配しているところです。
復興支援アドバイザーの派遣については、気仙沼の場合、商工会議所から平成24年2月に派遣の要請をいただき、グループ補助金(中小企業等グループ施設等復旧整備事業)の申請にあたり、グループごとの復興計画をまとめるお手伝いをさせていただきました。このときは中小機構のアドバイザーや職員も泊まりがけで何日間もかかって具体的な支援をさせていただいたと聞いています。
グループ補助金の活用を希望される事業者が400以上あり、多いときは一日に数人の復興支援アドバイザーが気仙沼に入りましたが、特筆すべきは、すべての事業者の方の相談に乗ることはできないので、間に商工会議所に入っていただき、アドバイザーが商工会議所の職員の方が事業者に直接支援する形をとったことです。これで効率的な支援ができたのではないかと思います。
これを契機として、個々の企業からまた相談をいただけるようになり、会議所や商工会で定期的に相談する場をつくっていただいたこともあって、中小機構による気仙沼での4年間のアドバイザー派遣件数は1000件を超えました。これがお役に立ったのであれば、これに勝る私どもの幸せはないと思っています。    
 
〈渡辺〉 いちばん印象的だったのは、グループ補助金に関する事業計画策定のお手伝いでした。450社以上の企業を取りまとめる緊急のビッグプロジェクトでしたが、「1社でも多くの企業を復旧させる」という会頭の強いリーダーシップにより推進されました。事業者にはていねいな説明の機会を設け、同時に商工会議所の職員と中小機構のアドバイザーによる支援体制を構築し、国や県との調整のもと、優先順位をつけて取り組んだことが結果として、多くの事業者の採択につながりました。
 
「職員がノウハウを共有」
〈菅原〉 復興補助金はみんな平等、公平が基本でしたが、気仙沼の産業構造を考慮し、早く復旧させないと地域はだめになる、その優先順位をつけることに皆さんが理解を示してくれたことが大きかったですね。
 
〈渡辺〉 会頭自らが多くの事業者や会議所職員の方々にビジョンを語り、共通の目的のもとで、高いモチベーションで取り組めたことが成果の要因だったと思います。支援体制についても、職員の方々が、一人何社と割当てて説明して回り、そうした中で課題解決を要する案件については、中小機構のアドバイザーが後方支援するという新しい形の支援ができたと思います。
 
〈菅原〉 その時の会議所職員の活躍はすごかったと思います。復興計画を全部一緒に出さなければならないので、例えばホワイトボードに日付を書き、どういうスケジュールで、いつまでにどういう役割分担で進めるかを明確にするようにしていました。課や担当を乗り越えてチームで仕事を進め、ノウハウを共有していく仕組みができていきました。その過程で、当会議所職員の事業計画策定や補助金申請方法などの経営指導能力が数段上がりました。
 
〈渡辺〉 私たちにとっても、共通の目的、同じ目線で支援する側の仲間として関われたことで、コミュニケーション密度が高い、新しい支援スタイルになりました。
 
〈菅原〉 そうした支援を続ける中で、会議所の職員は自分の役割が分かってきました。それまでは税務申告書類作成の手伝いなど事業者の背後にいることが多かったのですが、今回は職員が前面に出るという非常に貴重な経験になったと思います。
 
〈守屋〉 昨年に小規模企業振興基本法という新しい法律ができ、小規模事業者を広く支援することになりましたが、中小機構の組織力にも限界があり、個々の企業への直接支援はなかなか難しい。そこで、中小機構は地域の支援機関のお手伝いをし、支援機関を通じて多くの企業を支援することに力を入れる方針となりました。その先駆けとなったのが、今回の気仙沼商工会議所との連携だったと思います。大変厳しい時期でしたが、会議所の方々を中心に地元がまとまってくれたおかげだと思っています。これは見本として、今後の参考にさせていただきたい。
 
「将来見据え地方創生へ」
「地域産業活性化で本格復興」
「人材育成が鍵」
〈菅原〉 震災から4年経ち、今後の方向として人材育成が重要になってきたと感じています。マーケティングやマネジメントなどの力を備えた人材を育てていくほか、会議所での経営相談、経営計画策定などを通じて、本格復興に当たり自分はどうするのか、また地方創生政策の支援メニューをどう使っていくかを個々の事業者に考えてもらわなくてはいけない。継続的に相談することで自らこうしたことも考えるようになり、地域の経営者や社員の人材育成につながっていきます。
 
〈渡辺〉 確かに、事業者さんにはそうしたニーズがたくさんあるのですが、現場からは、さらに「どんな支援策や補助金が自分に当てはまるのか分からない」という声が多いのです。フェース・ツー・フェースによる個人レベル・直接の情報発信が強く求められていると感じています。
 
〈菅原〉 中には、「これは自分に当てはまらない」とあきらめている人もいますからね。
 
〈守屋〉 先ほど会頭が触れられた地方創生のために何が必要かというと、地域産業が元気になることが重要です。地方に行くと、ほとんどが中小企業で、そこを魅力ある雇用の場にしないと、若い人は出て行ってしまう。そのときに大切なのが、経営人材がどれだけ育成されているかです。経営計画の話が出ましたが、計画は作っただけではだめで、これを回していく経営人材・経営体質が必要です。そこまでやらないと、なかなか実力のある企業にはならない。中小機構では、今回の復興だけでなく、例えば新商品開発でも企業が継続的に開発できる体質となるような支援を大切にしています。この点でもお手伝いできることがあればと思います。
 
〈菅原〉 気仙沼全体の人口は減っていますが、震災後はIターン、Uターンが増え、2544歳の流入人口は増えています。震災後にボランティアに来て気仙沼の魅力にはまり、または地元の人とつながりができ、例えば東京から移住する人も結構います。問題は、彼らは「年収が半分になっても頑張る」と言っているのですが、そうした状態が長い間続くとは思えない。こうした人たちが気仙沼でビジネスを続けられるようになることが大事です。われわれは「フローをストックにしよう」と、この復興期に起きていることを一過性で終わらせるのではなく、それを地域の力にしていく。さらにはIターンやUターンの人たちが一過性ではなく、地域に定住できるようにしたい。会議所としてもそうした人たちへの支援策が必要になりますが、「目の前の課題を処理する」ことから、「将来を見据えてどのように展開するか」についてのアドバイスが重要になってくると思います。
 
〈守屋〉 Iターン希望者がそれだけいて、定住していただくことは大事ですが、これを増やしていこうとするときに求められるのが、気仙沼のブランド力だと思います。被災者は本当に大変だったと思いますが、気仙沼の知名度は全国的に上がりました。誤解のないようにしていただきたいのですが、これをチャンスととらえ、ブランド力を向上させる情報発信が重要だと思います。
 
〈菅原〉 そうですね。ブランド化に向けて、気仙沼にはたくさんの種があるのですが、散らばっており、絞り切れていないため、一過性で終わらないかと危惧しています。フローをストックにするためには、きちんとした事業構想を立て、ビジネスにしないとだめです。例えば、気仙沼では漁業者だった人が体験学習などで観光を手がけている例もありますが、まだ商売になっていない。きちんと原価計算をして、単価を10倍にしても観光客が集まるコンテンツにしていく感覚を持つことが絶対に必要です。そういうときは、渡辺アドバイザーの出番になると思います。
 
〈渡辺〉 菅原会頭のおっしゃるとおり、事業化の感覚が必要だと思います。事業化に当たっては、利益計画とビジネスモデルの組み方などを考えた事業化が必要です。事業計画の精度を高めることで、成功可能性は大いに高まります。具体的には、経営戦略に基づき、商品・価格戦略と独自のチャネル戦略により、十分な客単価を設計します。またあ、プロモーション戦略により、必要な客数確保を目指します。計画段階から独自のポジションを築くことが事業成功のポイントとなります。また、数値目標を設定し、進捗率を管理していく仕組みづくりも重要です。
 
〈菅原〉 中小機構には事業者からの経営相談を受けていただいていますが、被災者だけでなく、新しい事業を興す人に、事業計画、利益計画を教えていただくことが大事だと思っています。中小機構の力を借りて自分自身の経営力を身に着け、ビジネスとして続けられるような流れができるといいですね。復旧・復興といいますが、復旧はハードの問題で、震災前の設備を元に戻すことが基本ですが、復興とは本来、震災前より良くなることです。一人一人が震災前よりも良くなりたいという気持ちに後押しされるのが復興だと思います。気仙沼に戻る人、入ってくる人がもっと増えたとき、震災前よりも良くなった状態になっていると、本当の意味での復興支援ができたといえるのではないでしょうか。ハード面の支援も必要ですが、新しいノウハウや考え方を含めたソフト面の支援があって初めて創造的な復興ができるのではないかと考えます。
 
〈渡辺〉 最近、気仙沼商工会議所職員の方々からの相談も増えています。職員の方々もさまざまな局面での疑問や悩みを抱えておられますが、中小機構のアドバイザーと一緒に考えていくという非常に良い流れができていると感じています。
 
〈菅原〉 事業者と会議所職員が正面から向き合うようになりました。そうやって情報交換していくと困っていることが分かるし、中小機構側もニーズを伝えやすくなっていきます。会議所はそういう役割を果たしていく存在だと思いますね。
 
「3つの観光振興策」
〈守屋〉 三陸沖は世界の3大漁場の一つですが、会頭は地域活性化伝道師もされているとお聞きしています。まちづくりをしていくにも、観光や地域資源の素材が多い中で、どのような考えを持っておられますか。
 
〈菅原〉 3つの作戦を立てています。一つは、観光のコンテンツ強化です。震災前は一部のホテル・旅館や飲食店などの、いわゆる観光事業に関わる人が一生懸命やっていました。しかし、震災をきっかけとして、先ほどあげたように、漁業関係の人やまちづくりに携わる人が観光に興味を持ちはじめ、プレーヤーが増えてきました。これはチャンスだと思っています。市民全員が観光産業のプレーヤーになり得る。街を挙げた観光産業の活性化を目指したいですね。これまでは観光スポットが各所に点在しており、素材も多いため、コンテンツについても絞り切れていませんでした。これでは弱いため、オンリーワンの素材に絞ってコンテンツを強化していくことが重要だと思います。
 二つ目は、食のブランド化です。食材が豊富で、日本一、世界一のものがいくつもあります。例えば、フカヒレやカツオ、サンマなどで、とくに生のメカジキは国内シェア7割です。これらの素材も絞り切れていなかったのですが、当面はメカジキに絞り、気仙沼でしか味わえない料理を発信しようとしています。試行錯誤として気仙沼の飲食店6店舗を選び、しゃぶしゃぶ、すきやき、焼く、煮るなど、独自のメカジキ料理を提供してもらっています。観光に来た方が、メカジキだけでなく、ほかにもいろいろあると分かり、満足して帰っていただきたいと考えています。
 三つめは、情報発信力の強化で、組織的にきちんとしたプロモーションをやっていきます。今年度からの具体策を練っていますが、会議所も予算をつけています。プロモーションには外に向けての発信と、気仙沼に来られた観光客への情報提供があります。観光客向けには、スマートフォン用アプリ「気仙沼観光ナビ」をつくり、市内にいらっしゃった人は全店舗の情報が検索できるようになります。これは近く実現します。私自身も国内外の観光地の先進事例を視察し、ハードに頼る観光ではなく、滞在型などソフトをうまくつくっているところを参考にしたいと思います。
 
〈渡辺〉 ブランドについては、認知度を評価基準にする場合がありますが、ブランド価値を高めるためには、ブランド連想が重要視されるべきであると私は思います。気仙沼の場合でも、どのような体験ができるかを連想できることが必要です。会頭のお話にもあった顧客ニーズに合致するコンテンツ・体験価値を提供することでブランド力が高まります。また、情報発信の相乗効果が発揮され、より浸透させやすくなります。私自身も気仙沼は、とても魅力のある街だと思っています。モノを前面に出すのではなく、何を達成できるか? という顧客にとっての体験価値を検討し、ブランド連想を設計してブランドづくりを推進されることが望ましいと思います。
 
〈守屋〉 観光の付加価値をつけるためには、体験や物語が重要になってきます。観光のモノ自体は大差があるわけではないからです。
 
〈菅原〉 気仙沼と聞いて、どういう観光地かとイメージできるようにしなければならないということですね。例えば、京都=お寺・神社など歴史を感じる、軽井沢=別荘地みたいなことですね。気仙沼といえば、水産物や港というイメージはあるのですが、実際にそこで何を体験でき、どんな幸せが待っているかというイメージを持ってもらえることが大事ですね。
 
〈守屋〉 地元では当たり前のことでも、外の人からみれば珍しいということもあるので、積極的に外の人の意見を聞いてみることも必要でしょうね。
 
〈菅原〉 震災復興でボランティアに来られた方々のアイデアも入ってきています。われわれはメカジキの刺身を当たり前に食べていましたが、例えば仙台市では刺身では食べないと聞き、びっくりしました。それを教えてくれたのがボランティアの方です。そこで地元の人で知恵を出し合って考えたところ、「メカジキのブランド化」が出てきました。メカジキの次は、圧倒的に日本一の水揚げを誇るカツオです。ただ、同じブランド化でも、ブランド化が目的ではなく、ブランドをツールとして使うことが必要だと思っています。体験的価値、情緒的価値のようなものをどう伝えられるかが課題です。
 
〈渡辺〉 気仙沼では、お話に出たように、メカジキやマグロ、カツオ、サンマ、フカヒレなど、独自の地域資源があります。気仙沼のブランド化を推進するためには、統一的なコンセプトに基づき、食べる、見る、遊ぶなどの体験型の付加価値をメニュー化して提供していくことを期待しています。
 
「産業地のあり方検討」
〈菅原〉 商業地のまちづくりでは、いま市役所にも商圏などの分析をお願いしており、それを見据えながら商業地のあり方の検討を始めています。ただ、これから市内3カ所に商業地をつくる計画がありますが、市役所や会議所などの上からのまちづくりではだめで、各エリアで話し合い、それぞれに考えを出してもらい、それに対してわれわれが調整の支援をしていくということで進めています。具体的には、会議所への義捐金などを使わせていただき、各エリアの商業まちづくりの計画策定に補助金を出し、自分のエリアをどうしたいのかを考えてもらっています。同時に、海沿いの観光エリアをどうつくっていくかということも検討しています。
 
〈守屋〉 津波被害にあった海沿いには新しい建物などが立ちはじめていますが、景観上の方針は出ていますか。
 
〈菅原〉 景観については、すでにイメージ的な話はしていますが、今年度から専門家を入れて本格的な議論をはじめ、ガイドラインを策定する予定です。観光地としての顔づくりの大きなテーマとなります。
 
〈守屋〉 今後もわれわれは全面的に支援していきますので、気仙沼の復興に向けて、会頭、そして商工会議所の職員の方々のさらなるご活躍を期待しています。本日はお忙しい中、お時間をいただき、ありがとうございました。
                                     (了)

at 10:35, 砂田好正, 被災地復興

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