<< 就職は、一に公務員、二に大企業。 | main | 『復興の書店』感想 >>

学校の価値観と職場の価値観

 小学校などの学校の価値観とはどのようなものだろうか。学校にいて繰り返されるテストの点数とか、多くはそのテストの点数に比例して評価される成績表を考えるとわかりやすい。すなわち、テストの点数が高いほうが、成績表の評価が高いほうが、その生徒や学生の価値が高いとされる。人間性や努力のあり方が評価されることがないわけではないが、主にこれが学校の価値観である。より高い価値を保持するために努力する(学習する)のが生徒や学生に課せられた義務となる。
 一方、会社などの職場の価値観とはどのようなものだろうか。現代の職場では、成果報酬制度が多く導入されている。この制度は職場で働く従業員の生産性が高いほうが、より高い給与が得られるというものだ。また、売上高や利益への貢献度が高いほうがより高い評価を得られる。すなわち職場の価値観とは、生産性の高いこと、売上高や利益への貢献度が高いことである。それらを高めるように努力すること(よりよく働くこと)が従業員に課せられた義務である。
 ここで私は考えてしまう。学校の価値観と職場の価値観はその性質が異なるという問題に突き当たるのだ。学問のほうも「実学」という理念が掲げられ、学校がその理念にそった教育を行うことがある。職場のほうも、学校でどのような学習をしてきたかを考慮して仕事に従事させることがある。双方に歩み寄ろう、価値観を共通にしていこうという動きはあるのかもしれない。
しかし現状は、両者の価値観は異質なものとなっているのであり、違う基準によって評価されていると言える。だからこそ、学校の成績は悪かったのに、職場で高い評価を得られる場合があるのだ。また逆に、学校の成績は良かったのに、職場での評価は低いということも多くある。
 この学校と職場の価値観が異なっていることからも、人間に対する価値観は、多様なものである。人間を評価する価値基準は、学校や職場など、それぞれの場、領域において異なるのである。
 ここで私は、それぞれの学校のテスト成績を全国的に比較し、それを公表するという動きに対する違和感を表明したい。なぜならば、学校における評価は、人間評価の一面に過ぎないのであり、絶対的なものではないと思うからだ。そこでの評価によって、全人間的な評価とすべきではないと思うからだ。そこでの評価は多様な価値観の一つにしか過ぎないのである。絶対的なものと考えてしまうのは、生徒や学生の可能性を奪ってしまう可能性がある。同じことは、職場での評価によるだけで、全人間的な評価とすることも慎むべきである。
 学生や生徒が勉学する場所が学校である。従業員が仕事をする場所が職場である。そして現代の人間は一般的に、勉学をして学校を卒業した後、職場で働く。そしてその移行がスムーズに行われる必要があるのだ。そしてそのためには、両者の交流というものが必要不可欠だと思う。すなわち、学校のほうから企業などへの要望、逆に企業など学校への要望、そうした双方向の要望をし合う関係を両者が持つべきなのだ。学校から企業などへは、こういう職場にしてもらいたいという要望、企業などから学校へは、こういう学問領域を勉学させてもらいたいという要望、それらを対等な関係で要望し合うことが大切だと思う。
 一部では、産学共同というような動きもあるとは思う。ただ現状は良好な関係を築くまでには至っていない。いまだに不十分な状態である。より良い学校教育、より働きやすい職場の実現のために、両者のより良い関係が待たれている。対等で双方向的な交流が待たれている。

at 13:25, 砂田好正, キャリア作り

comments(0), trackbacks(0), - -

comment









trackback
url:http://blog1.wiselink.biz/trackback/73