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管理のあり方/祐崟の認識

 いや、職業人としての存在ばかりではない。企業の幹部が業績のことばかり気にして、社員が人間であることを忘れると、社員が持っている能力や技術など、有用性でしか社員を判断できなくなる。だが、そうやって、いわばチェスの駒のように扱われた社員たちのほうは、人間としての存在を認めてもらえていないという気持ちから、反抗するか、逆に絶対的に服従してしまう。

 このように人間を道具と見なすやり方は、上司と部下の関係のなかでもよく見られる。そこでは、対等な人間同士の関係という側面が薄れてきていて、上司が部下のことを人間ではなく、仕事に必要なモノのように考えるのだ。相手がモノであれば、「ありがとう」と言う必要もなければ、「よくやった」と言う必要もない。また、注意を払う必要もない。部下はただ、役に立つかどうかだけで判断されるのである。P268「第11章モラル・ハラスメントが行われやすい環境」「働く人間として自分の仕事や存在を認めてもらえない」)

 

 しかし、収益をあげるということと、社員を人間として尊重するということは、それほど矛盾することだろうか? いや、そんなことはあるまい。むしろ、この二つは密接に結びついているとさえ言える。実際、複数の会社を対象にアメリカで行われた研究によると、単に労働環境を整えるという以上に、会社が社員の状態に注意を払うようにすると、会社の業績は伸びるという結果が出ている。P271〜272「第11章モラル・ハラスメントが行われやすい環境」「働く人間として自分の仕事や存在を認めてもらえない」)

 

「人間性を認める」とは、言うはやさしいが、実際これほど難しいことはない。そのことが、この文章全体のテーマとさえなっているのだ。ただ、その一つの理解として、単なる労働力とは違う、機械のような労働力とは違う、あくまでも人間である、ということだろう。

 私たちは多くの場合、労働の対価として金銭を稼ぎ、生活を成立させている。だから、私たちは自分の労働を機械のように考えがちだ。生産性本位の管理はそういう考え方から派生するのだろう。

 私たちは機械であるわけではもとよりなく、あくまでも人間である。感情を持った人間である。確かに職場では労働によって対価を稼いでいるが、あくまでも人間である。そのため、感情とか心理を無視された場合、労働のモチベーションは下がってしまう。逆に、人間として配慮の行き届いた管理(マネジメント)がされれば、モチベーションは上がる。その結果、生産性が上がり、業績も上がるはずだ。安易に社員を労働力として、機械のように管理することは避けなければならない。

 

at 10:27, 砂田好正, 人間中心の職場作り

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