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責任の所在の明確化

 現代の社会では責任の所在が曖昧になって、誰もがはっきりと責任をとろうとはしなくなっている。何であろうと、責任は人に押しつけ、自分は被害者のような顔をする――それがひとつの風潮になっているのだ。企業においてもそれは同じで、これが以前のようにピラミッド型のシステムであれば、まだしも責任の所在ははっきりしていたのだが、現在のようにネットワーク型のシステムになると、人に責任を押しつけるのはますます容易になってくる。その結果、たとえ明らかな失敗を犯したとしても、企業の経営者は責任をとろうとはしない。「自分の知らないところで、部下がやった」というわけだ。同様にして、部下や同僚にモラル・ハラスメントを行った人間も、自分に責任があったとは認めない。悪いのはほかの人々であり、そうせざるを得なくした会社のシステムなのであるP276「第11章モラル・ハラスメントが行われやすい環境」「曖昧な責任の所在」)

 

 一般的に、組織の管理原則として「責任と権限の一致」というものがある。そしてパワハラ行為が顕著になるのは、この原則が守られなかったときではないだろうか。すなわち、権限ばかりを振りかざし、責任を取ろうとしない行為自体が、パワハラだと言って良い。その結果、社内の秩序が維持できなくなり、さらに過酷なパワハラ行為が横行することになってしまう。

 たとえば、部下が退社したとする。その部下は、権限を振りかざす上司に不満があったと思われる。そういうとき、部下に対して業務の指示などの権限を振りかざしていたのであるから、その部下が退職したことに大いなる責任があるはずである。ところが、いま多くの会社の管理者は、その責任を取ろうとしない。

 この引用文では、ピラミッド型組織ならまだしも、ネットワーク型組織になって、さらに責任を取ろうとしない管理者が多くなったと述べられている。確かに、ネットワーク型組織において責任があいまいになったことは事実だと見られる。しかし、ピラミッド型組織においても責任を取ろうとしない管理者は増えているのであり、制度として管理者の責任を明確にすることが必要だと考えられる。そういう管理者が、「人間中心の職場作り」には必要不可欠ではないだろうか。

 

at 10:51, 砂田好正, 人間中心の職場作り

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