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パワハラの実相κ兌措圓箸靴討硫坦下

 モラル・ハラスメントの特徴は、攻撃が執拗に繰り返されることである。その攻撃の仕方は、態度によるもの、言葉によるもの、行動によるものとさまざまで、そのひとつひとつを取ってみれば、たいしたことではないと見えることが多い。しかし、それが互いに関連した形で何度も繰り返されることによって、破壊的な力を持つことになるのだ。P43「第1章モラル・ハラスメントでないもの」「一時的な攻撃」)
 
「自己愛的な変質者」とは、自己愛的な性格が「変質的な」段階まで高まってしまった人間である。この性格の人々は、相手を警戒し、「相手を操って支配する」という形でしか人間関係をつくれない。相手を人間として認め、お互いの個性のちがいから自分を豊かにしようとは、夢にも思わない人間なのだ。「自己愛的な変質者」にとって、他人とはまず何よりも、打ち負かさなければならない相手なのである。したがって、この人々は、自分の力が脅かされないように、相手を支配するか、そうでなければ破壊するしかないと考える。そこで、まずは相手の弱みを見つけ、それを暴きたてて攻撃することによって、自分の優位を保とうとするのである。また、この時、その相手というのは、
「自己愛的な変質者」の心のなかでは、すべてに責任のある悪い人間――すなわち、破壊されなければならない人間になっている。だからこそ、執拗に攻撃を繰り返すのだが、この過程で「自己愛的な変質者」たちが、相手のアイデンティティが崩壊していくのを見て喜んでいるのはまちがいない。P388「第12章モラル・ハラスメントに関わる人々」「純然たるモラル・ハラスメント」)
 
 この例でもわかるように、「自己愛的な変質者」のすることは、ひとつの「病気」の段階に達している。にもかかわらず、この「変質性」は精神病ではない――したがって、これを治療することに
よって、モラル・ハラスメントがなくなるわけでもない。私たちのなかには、誰のなかにも「変質性」の芽があって、モラルに関する教育を十分に受けてこなかったり、仕事をしたり、社会生活を送っていくうえで、モラルなんか気にかけていられないという状態になれば、その「変質性」の芽は大きく育ってしまうものなのだ。そういった意味で、「自己愛的な変質者」の生い立ちについて考えてみると、この性格の人々は、幼い時に受けた心の傷が原因で、性格が歪んでしまった人々であると言える。幼い頃、自分が教わった不健全な人間関係を大人になってから再現しているか、あるいは、自分が受けた精神的な暴力を、今度は加害者となって自分が繰り返しているか、そのどちらかなのだ。P391「第12章モラル・ハラスメントに関わる人々」「純然たるモラル・ハラスメント」)
 
 ここで引用してきた『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』の著者は、パワハラ行為を行う人物のパーソナリティを「自己愛的な変質者」であると断言している。その人物は精神病とは言えなくても、自己愛的なパーソナリティ障害を抱えていると断言しているのである。
 私は精神医学者ではないから、そうした変質的人格をこのように断言することはできないが、私もある程度はそこに精神的障害を見てとれるように思う。私の用語で言えば、この場合の「自己愛的な変質者」とは、「利己的なパーソナリティ」であり、他社のことを思いやることのできない「エゴイスト」ということになる。そんな変質的人格の人物がパワハラ行為を起こしやすいのではないだろうか。
 

at 13:06, 砂田好正, パワハラが横行する職場

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