デリバティブ取引に思う

 

 私は妻だけにはこう忠告した。「銀行や証券会社の勧める金融商品は絶対買うな。その言うことを絶対に信用するな」と。これは家訓だと言って良い。というのも、私の父は私に、「証券会社は最初だけ稼がせて、その後は損ばかりだ。株屋の言うことを信用するな」と私に言った。その父の家訓を私は銀行という会社を付け加えて、妻に忠告したのである。なぜなら現在の銀行は、投資信託や仕組み債などのリスク商品を扱っているからである。私には銀行もまた、株屋に成り下がったと思えるのである。ちなみに父も私も上場企業の株の売り買いをしている。でもそれは遊びの金額の範囲であり、賭け事だと分かってやっているのである。マカオに行ってカジノで賭け事をしている感覚である。

 さて、そういう銀行や証券会社が扱う仕組み債、つまりデリバティブ取引をどのように考えれば良いのだろうか。結論から言えば、先物取引までは温存せざるを得ないと思うが、それ以上の抽象性を持ったデリバティブ取引は規制すべきだと思うのである。そこを自由市場の名のもとに野放しにしていたのでは、今回の仕組み債のような悲劇は繰り返されるだけなのである。

つまり、今回の仕組み債で分かったことは、その金融商品を作り、売り出した人(会社)が圧倒的に有利な商品だということが証明されたのである。中小企業のオーナーを始めとする我々消費者は、圧倒的に不利な金融商品を買わされたのである。だとすれば、それらは規制されなくてはいけない。

 売った証券会社や銀行の担当者は言うだろう。「ちゃんとリスクを説明しましたよ。金融商品の性格を説明しましたよ。強引に買わせたわけではありません。我々は法律を守っています。損をしたのはたまたまですよ」と。

 確かに法律違反ではないかもしれない。しかし、博打のような金融商品の販売が許されてはならないというのが、私が金融機関に求めたい企業倫理なのである。そういう倫理的価値観を持って、フェアで、正統な金融商品を扱ってほしい、それが金融機関に求めたい企業倫理なのである。

at 16:59, 砂田好正, デリバティブ取引

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デリバティブ取引に思う

 

 いま、私の手許に100万円の札束があるとする。その100万円で上場企業の株式でも良いし、何らかの金融商品を買ったとする。そして1年後、それを80万円で売ったとする。手許には80万円の札束が戻って来たのであり、逆に言えば20万円の損をしたことになる。

 それではこの場合、その損をした分の20万円はどこに行ったのであろうか。答えは簡単である。20万円の札束は、一人の誰か、複数の誰かが持っていることになる。合計20万円の得をした人がいるのである。

 このように市場(マーケット)というものは、誰かが損をすれば、誰かが得をするという場の特性を持っている。別の言い方をすれば、敗者が居れば勝者がいるという、勝負の世界だと言ってよい。つまりこのことを突き詰めて行けば、賭け率を上げていけば、博打と何ら変わらないという場の性格を持っているのである。これが、自由競争の市場主義の一面であり、「カジノ資本主義」と言われる所以である。

 デリバティブ取引にしろ、それを利用した「仕組み債」にしろ、それが市場で取引されている限り事情は変わらない。△能劼戮真佑六伝箸澪弔20万円の損をしたのであり、その20万円を合計として得をした人がいるということである。

 中小企業のオーナーが仕組み債を購入して大きな損失を被ったという現在の状況について、オーナーの損は、別の人の得を生んでいるのである。そして、その「別の人」は、円高なら円高のリスクをヘッジング(保険つなぎ)するという目的で、その金融商品を市場に売りに出していると考えて良いのである。

損をしたオーナーが敗者であり、得をした「別の人」が勝者であることは言うまでもない。そして、オーナーが「大きな」損失を被ったということは、その金融商品が、その仕組み債が、賭け率の高い、博打のような商品であったと言って差し支えないのである。

at 13:38, 砂田好正, デリバティブ取引

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デリバティブ取引に思う

 

 歴史的遠近を無視して言えば、先物取引というのもデリバティブ取引の一つだと言って差し支えない。先物取引は、例えば株式の6カ月後の価格を推定し、その価格で前もって買っておく、という取引である。6カ月後の現物価格がその先物価格よりも上がっていれば、安く買って儲けたということになる。逆に6カ月後の現物価格が先物価格よりも下がっていれば、6カ月前に高く買ってしまったわけで、損をしたことになる。先物取引とはそういう市場の取引である。

なぜこのような先物市場が必要かと言うと、その重要な機能の一つがヘッジング(保険つなぎ)機能であると言われる。つまり株式なら株式の、その現物価格の上げ下げに影響を受けないように「保険のようにつないでおく」というのがその重要な機能なのである。ここでは詳しく述べないが、ヘッジング機能がある故に、先物市場が必要であると言われる。ここは面白いところだが、私も十分には理解していないところがあり、興味のある方はぜひ学習してみてほしい。

「仕組み債」という金融商品がデリバティブ取引から派生した商品であると前回のこの文章で述べた。この「仕組み債」もまた、先物取引で見てきたところの「ヘッジング機能」にあるがゆえに商品化できる根拠、その市場が存立する根拠があると思われる。逆に言えば、この機能がある故に、様々なデリバティブ取引が市場として存立しているのである。「仕組み債」などの様々な金融商品が登場するのも、そのような理由によるのである。

at 10:29, 砂田好正, デリバティブ取引

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デリバティブ取引に思う

 

 被害が多数出ているデリバティブ取引とはどのようなものだろうか。それを活用した「仕組み債」を説明することにする。5年ほど前、私がある都市銀行で実際に勧誘を受けた「仕組み債」とは次のようなものである。実際の円・ドルの為替や利率は忘れたのであるが、実例に即して解説することにしよう。

 行員は言う。「いまは、1ドル100円前後の為替レートとなっています。そのレートが円高になって80円を割らなければ、1年の金利として4%もらえます。つまり100万円で、この金融商品を購買してくれれば、4万円の金利が付きます。ただし、もし為替レートが一度でも80円未満になると、つまりそこまで円高が進むと、その場合は金利が付かないばかりか、満期にはそのときの為替レートにおけるドルで返金されます。そのときはレートが80円未満になっているはずですから、80万円未満の返金となります。すなわちその時点では20万円以上の損となり、これがこの「仕組み債」のリスクとなります。でも、今時点では為替レートが100円前後ですから、80円未満になることは考えづらいですよね。この金融商品はそんなお得な商品となっています」と勧誘したのであった。

 私はこの「仕組み債」という金融商品の説明を聞いて、これはデリバティブ取引が絡んでいるなと思い、当然のように断った。

もしこれを100万円、購買していたらどうなったであろうか。その後、円ドルの為替相場は円高が進行し、80円未満になったのである。私の手許に戻ったのは多く見て80万円であり、少なくても20万円の損失を被ったのである。もちろん、定期預金の金利が0.1%ほどのときに、4%の金利とは夢のような金利である。つい、手を出してしまいたくなる金利水準なのである。しかし、4%の金利が付かないばかりか、大きな損失を抱えてしまったことになる。そして、この一見有利に見える「仕組み債」の恐さを改めて思い知ったのである。

 ディバティブ取引はここで説明したものだけでなく、その取引を活用して、どんな「仕組み」も可能である。よりリスクの高い商品作りも可能である。そして、その「仕組み」に騙されて損をした中小企業オーナーが多くあるというのが、実情なのである。

at 11:07, 砂田好正, デリバティブ取引

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デリバティブ取引に思う

 数日前から、AIGの企業年金資金の問題が新聞紙上を賑わせている。2000億円近い年金の運用資金を持ちながら、その90%が消失しているという問題だ。その原因は今後の調査を待たなくてはいけないが、運用の失敗だけでなく、ほかへの流用も噂されている。いずれにしても運用の失敗があったことは間違いないわけで、一部の報道では高リスクのディバティブ取引による損失があるのではないかとされている。ここからの投稿は、このディバティブ取引についての私の見解を述べるものである。

 この取引については、中小企業のオーナーが、銀行などの金融機関から、ディバティブ金融商品を勧められ、それを購買した結果、この円高・株安などの影響で多額の損失を被っていることで知られる。必ずしも虚偽説明や強引な勧誘があったとは言えないのだが、オーナーの意に反して、大きな損失が出ているのは間違いない。その結果、倒産してしまう中小企業も出現している。抜本的な損失回復は不可能であるというのが、残念ではあるが、大方の見方である。

 私は金融機関、特に都市銀行がこのデリバティブ取引による金融商品を販売することについて、以前から違和感を持っていた。違法でないとはいうものの、企業倫理、銀行倫理には反する商品だという主張をしてきた。いまも、その主張を変えるつもりはなく、逆に、その思いを強めているのである。この博打のような金融商品を販売するのは、企業倫理としては許してはならないという意見である。損失を受けた中小企業、AIGに年金資金の運用を任せた中小企業の人々に対し、同情を禁じえないという視点から論述することにした。

 

 

at 13:31, 砂田好正, デリバティブ取引

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